ご来館者の投稿記事を・・・・・
令和8年1月13日(火)
1月11日にご来館下さいましたお客様(石原悠真様)が、facebookに素晴らしい訪問記をお書き下さいました。
シェアさせていただきました。
お写真は、省略させていただきました。
「家族の絆を紡ぎ、未来へ作品を繋ぐ記念館」
今日は山梨県甲府市湯村にある【湯村の杜 竹中英太郎記念館】に行って来ました(^-^)
山梨県甲府市湯村とは?
戦国武将の武田信玄・勝頼が愛した湯村温泉で有名な山梨県の観光名所です。大同3年(808年)東北巡行の帰りに弘法大師によって開湯されたのが湯村前身である志麻の湯。武田信玄、葛飾北斎に始まり文人・芸術家も訪れ温泉を愛しました。太宰治、井伏鱒二、松本清張、田山花袋、竹中英太郎、飯田蛇勿。
全国のFB友人の皆さんは【挿入画家の竹中英太郎さん】をご存知でしょうか?
竹中英太郎さんは昭和初期、世界的な不況やモボ・モガといわれる新しい文化の時代に探偵・怪奇小説で有名な江戸川乱歩、横溝正史、夢野久作などの小説に挿絵を描き、その独特な画風で一躍脚光を浴びました。
さらに…!!
竹中英太郎さんの息子でご長男が政治から芸能まで広い分野をテーマに、権威とは無縁な時代の心性を掘り起こす文章で竹中節として多くの読者を魅了した。日本の元祖ルポライターの【竹中労さん】なのです。
そして…!!
竹中労さんの妹にあたるのが兄と父の遺志を引き継ぐ形で活動を続け母の暮らしていた自宅のスペースを改装し2004年から湯村の杜 竹中英太郎記念館をオープンされて館長を務められている【竹中紫さん】です(*^^*)
今回はご許可をいただき素敵な作品が所狭しと並ぶ館内の一部を撮影して特別に公開させていただきます。
この投稿をご覧になって竹中英太郎さんや竹中労さんについてもっと詳しく知りたいと思われましたら是非、湯村の杜 竹中英太郎記念館に実際に足を運び作品鑑賞や温かく親切な館長の竹中紫さんに直接ご家族のお話を伺ってみてください。来館のご予約は公式ホームページの電話番号からお願いします。
石原も竹中柴さんのご活動を応援して参ります!!
FB友人の皆さんの温かい応援をよろしくお願いします*\(^o^)/*
以上
竹中英太郎
1906年(明治39年)12月18日〜1988年4月8日)
挿絵画家、労働運動家、実業家。
長男は評論家の竹中労。『琉球共和国』、『仮面を剥ぐ』、『左右を斬る』、『浪人街 天明餓鬼草紙』などの労の著作や、労が制作したレコードのジャケットなどの装画を数多く手掛けた。次女の竹中紫は「竹中英太郎記念館」館長。
竹中 労
(1928年3月30日、戸籍上は1930年5月30日〜1991年5月19日)
ルポライター、アナーキスト、評論家。
「夢野京太郎」「ケンカ竹中」「反骨のルポライター」などの異名を持ち、芸能界や政界に斬り込む数々の問題作を世に送り出した。父はシュルレアリスムの画家として知られる竹中英太郎であり、彼の作品にも影響を与えた。妹の竹中紫は「竹中英太郎記念館」の館長を務めており、兄と父の遺志を引き継ぐ形で活動を続けている。
1月11日にご来館下さいましたお客様(石原悠真様)が、facebookに素晴らしい訪問記をお書き下さいました。
シェアさせていただきました。
お写真は、省略させていただきました。
「家族の絆を紡ぎ、未来へ作品を繋ぐ記念館」
今日は山梨県甲府市湯村にある【湯村の杜 竹中英太郎記念館】に行って来ました(^-^)
山梨県甲府市湯村とは?
戦国武将の武田信玄・勝頼が愛した湯村温泉で有名な山梨県の観光名所です。大同3年(808年)東北巡行の帰りに弘法大師によって開湯されたのが湯村前身である志麻の湯。武田信玄、葛飾北斎に始まり文人・芸術家も訪れ温泉を愛しました。太宰治、井伏鱒二、松本清張、田山花袋、竹中英太郎、飯田蛇勿。
全国のFB友人の皆さんは【挿入画家の竹中英太郎さん】をご存知でしょうか?
竹中英太郎さんは昭和初期、世界的な不況やモボ・モガといわれる新しい文化の時代に探偵・怪奇小説で有名な江戸川乱歩、横溝正史、夢野久作などの小説に挿絵を描き、その独特な画風で一躍脚光を浴びました。
さらに…!!
竹中英太郎さんの息子でご長男が政治から芸能まで広い分野をテーマに、権威とは無縁な時代の心性を掘り起こす文章で竹中節として多くの読者を魅了した。日本の元祖ルポライターの【竹中労さん】なのです。
そして…!!
竹中労さんの妹にあたるのが兄と父の遺志を引き継ぐ形で活動を続け母の暮らしていた自宅のスペースを改装し2004年から湯村の杜 竹中英太郎記念館をオープンされて館長を務められている【竹中紫さん】です(*^^*)
今回はご許可をいただき素敵な作品が所狭しと並ぶ館内の一部を撮影して特別に公開させていただきます。
この投稿をご覧になって竹中英太郎さんや竹中労さんについてもっと詳しく知りたいと思われましたら是非、湯村の杜 竹中英太郎記念館に実際に足を運び作品鑑賞や温かく親切な館長の竹中紫さんに直接ご家族のお話を伺ってみてください。来館のご予約は公式ホームページの電話番号からお願いします。
石原も竹中柴さんのご活動を応援して参ります!!
FB友人の皆さんの温かい応援をよろしくお願いします*\(^o^)/*
以上
竹中英太郎
1906年(明治39年)12月18日〜1988年4月8日)
挿絵画家、労働運動家、実業家。
長男は評論家の竹中労。『琉球共和国』、『仮面を剥ぐ』、『左右を斬る』、『浪人街 天明餓鬼草紙』などの労の著作や、労が制作したレコードのジャケットなどの装画を数多く手掛けた。次女の竹中紫は「竹中英太郎記念館」館長。
竹中 労
(1928年3月30日、戸籍上は1930年5月30日〜1991年5月19日)
ルポライター、アナーキスト、評論家。
「夢野京太郎」「ケンカ竹中」「反骨のルポライター」などの異名を持ち、芸能界や政界に斬り込む数々の問題作を世に送り出した。父はシュルレアリスムの画家として知られる竹中英太郎であり、彼の作品にも影響を与えた。妹の竹中紫は「竹中英太郎記念館」の館長を務めており、兄と父の遺志を引き継ぐ形で活動を続けている。
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