竹中英太郎・画「若林中尉の夜襲」について

竹中英太郎記念館
若林東一大尉

昭和18(1943)年に竹中英太郎が描いた「若林中尉の夜襲」と題された絵画で、山梨美術協会主催・第7回山梨美術展で洋画の部入選作と伝わるものです。
母も労さんも見た記憶があるという絵です。それは山梨県出身の若林東一大尉を描いたもので、母の記憶では白いハチマキをした軍人さんの奇麗な絵だったとのことですが、足元には多数の髑髏も描かれていたと母は語っておりました。

当時、英太郎は疎開先のここ山梨におり、山梨日日新聞の記者として仕事をしておりました。若林東一大尉が地元身延のご出身であり『後に続くものを信ず』というその言葉によって人々に尊敬された方であったことが、英太郎にその絵を描かせたのかも知れません。あるいは英太郎はこの絵をどなたかにお贈りしたものかも知れません。

竹中英太郎記念館もお世話になっております弥生美術館創設者の故 鹿野琢見先生(平成21年10月23日ご逝去・享年90歳)が「第二東京弁護士会 清友会ホームページ」の記事で、平成13(2001)年に「清友会の歴史と私」をお書きになり、その最後の部分に「陸士先輩若林東一、加えて陸士榊原主計生徒隊長の慰霊活動」と記されております。

竹中英太郎記念館
幻の絵を捜しています
桜座スクエア 2006 11月号表4

若林東一中尉は歩兵第228連隊中隊長として昭和17(1942)年11月ガダルカナル島に上陸、昭和18(1943)年1月14日戦死され、後に大尉に昇進されました。

第7回山梨美術展の様子と入選について報じられた新聞記事は確認できておりますが、この絵については写真も無く、その後の所在も不明です。

甲府中心商店街にございます桜座が発行する情報誌「桜座スクエア」の2006年11月号裏表紙に「幻の絵を捜しています」と広報を載せていただいたこともございます。

もしこの絵についてご存じの方がおいでになりましたら、竹中英太郎記念館までご連絡いただければ幸いでございます。

 

昭和18年10月29日(金)山梨日日新聞

第7回山梨美術展

昭和18年11月3日(水)山梨日日新聞

第7回山梨美術展